アイゼンワークの基本となる考え方 ・・・ アイゼンワークは「正しい山の歩き方」が求められる
アイゼンワークというと、アイゼンを付けての特別な歩行方法だと思われていますが、斜面で効率よ
く歩くことが正しくできていれば、後はアイゼンの使い方を身に付けるだけとなります。
しかし実際には、斜面の歩き方が正しく理解されないまま、アイゼンの使い方の一部分だけが伝え
られているのが現状です。
まずは「平地の歩き方」と「山(斜面)の歩き方」の違いを理解し、「効率の良い歩き方」を身に着け、
これを妨げない範囲でアイゼンという道具を活かして歩くという考え方が必要です。
その一歩だけアイゼンを効かすことができても、そこから歩行に移ることが出来なければ、アイゼン
ワークは全く意味が無くなってしまいます。
効率の良い歩き方をここで身に付けて、雪山だけでなく夏山に活かす機会としてください。
また、アイゼン歩行はアイゼンの道具としての特性を利用した技術です。
アイゼンの特性を理解して、道具としてのアイゼンを活かした歩き方を身につけましょう。
以下ではアイゼン歩行という技術が成り立っている基礎的な部分を考えてみましょう。
アイゼン歩行技術は、正しい登山歩行技術の延長線上にある
ここでは私達のコースで行う雪山教室での氷雪講習についてまとめてみました。赤岳縦走と氷雪
講習のコースで行う内容です。
なんだか難しいことがかいてありますが、実際にやってみるとそれほどのことはありません。
私達の行う講習では、アイゼンの使い方の練習をするというよりも、多くの人ができていない「正し
い山の歩き方」の練習をしているといっても良いでしょう。
正しい歩き方を理解して、実行している人にとってはそれほど難しいことではないはずです。
さらに参加した方の歩き方の癖や悪い点を見つけだし、それを改善することが主な目的となってい
ます。
ですからこれを見るだけでアイゼンの技術が理解できたとは、決して思わないでください。
何度も練習して、自分の癖や悪い点を見つけだし、それをつぶしていくことが必要です。
アイゼン講習の目的 ・・・・技術と、それを使いこなす判断力を身に着ける
僕らが、雪山初心者にやってもらいたいこととして赤岳の講習で目指すのは、冬の西穂を登るぐら
いの技術が雪山の標準としてほしいことです。
たまたま赤岳に登れるようにするのではなく、どんなコンディションになったとしても安全に行動でき
る技術と判断力を持ってほしいと考えています。
(※どんなコンディションでも登って良いということではありません)
「登山という行動」にとって、技術は武器であり、それを使いこなす判断力が必要になります。
僕らが行うコースは、技術をいう武器を身につけてもらい、それを使いこなすための判断をどのよう
に行うかをお伝えしたいと考えています。
アイゼン講習を氷上で行う目的
私たちのアイゼン講習は氷上で行いますが、以下の理由があります。
・雪山でのアイゼン歩行で難しいのは雪が多い時でなく、雪が少なかったり、雪が固く氷化している
ときであること
・氷上で行うと、アイゼンの爪を正確に効かせる必要があり、それを目で確認しやすいこと
・氷上で行うと、アイゼンの操作によるステッピング(ステップを作ること)が、より高い精度で求めら
れること
いずれにせよ、正しいアイゼンワークと歩き方をしないと、硬い斜面を歩くのは困難です。
柔らかい雪の上で練習しても、意図しなくとも簡単にステップができてしまい、アイゼンワークの練
習になりません。これでは他の登山者のトレースが付いたところしか歩けなくなってしまいます。
また、大きなステップが付いてしまうような柔らかい雪では、いわば階段を歩くようなもので、これで
は正しい歩行技術は身につきません。
斜面で滑らないようにする方法・・・ アイゼン有り・無し、どちらも基本的には同じ
ステッピング (フロントポインティング、踏み込み、キックステップ、削りこみ)
ステップをつくって、それに乗る行為
場所は限られるが、限界は高い(ステップがあるか、ステップを作ることができる限り、傾斜が強くとも可能)
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フラットフッティング (靴底、アイゼンの爪全体を使って摩擦を創り出す)
アイゼンの爪、靴底のゴムを利用して摩擦で滑らないようにする行為
場所は限られないが限界は低い(傾斜が緩いところでしかできない)
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組み合わせ (スリーオクロック、現実的なフラットフッティング、横向き、斜め向き、下降)
ステップをつってそれに乗るのではなく、ステップを利用して傾斜を落とし、フラットフッティングする
フラットフッティング、ステッピングの組み合わせでそれぞれの弱点を補い、長所のみを引き出す
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アイゼンを付けて歩くためには、斜面に安心して足を置く必要があります。
ステッピングは、足を置きやすいようにアイゼン、もしくは靴でステップを作る行為です。
上の写真は、赤印の部分をあらかじめアイゼンの爪で削ってステップを作ってから足を置いていま
す。
このため、足を水平に置くことができるので、凍った斜面であっても安定した歩行が可能になります。
フラットフッティングはアイゼンや靴という道具の性能をうまく使って、足が滑らないようにする方法
です。
日本で伝えられている雪山技術では、フラットフッティングが重要だといわれますが、実際の現場で
は純粋なフラットフッティングを使う場はかなり限られています。
しかし、重要な技術に変わりはないので、しっかりと身に着ける必要があります。
上の写真は同じ斜面でフラットフッティング(左)、ステッピング(右)を行った写真です。
左のフラットフッティングの方は苦しい体制ですが、ステッピングを併用した右の写真の方が楽な体
制になっています。
(※)ただ、ステッピングでは後述するアイゼンの片効きを起こしやすいので注意が必要です。
また、どちらの場合も右足だけはフラットフッティングにしておく必要があります。
実際の現場では、この様に二つの技術を上手く組み合わせて歩くことになります。
いずれにせよ、冬靴を履いて、アイゼンを付けたら雪山を歩けるなんてことは、トレースがある時に
限られた状況です。実際にはその装備、道具を使いこなさなくてはなりません。
「アイゼン、靴の操作」によって、足を置いて立ちやすい状況を作り、「正しい歩き方」で実際に行動
するという二つの考えが必要です。
でき得る限り、ステップを作った方が無難
以上のことから、雪山を歩くときにはできることなら、フロントポインティングを含めてステップを作っ
た方が無難です。
なぜなら、人間は斜面に足をフラットに置いて立つことはできないことはないですが、困難です。そ
んな状況で、一本の足に立つ事が連続する歩行を続けることはさらに難しくなります。
しかしステップが作れない時にはフラットフッティングに頼らないといけないことも事実です。
大事なことは、斜面の状況に合わせてステップを作ったり、フラットフッティングを交えたり、使い分
けることが必要です。
ステップを作ると、あるいは蹴り込むと、雪面を切ってしまうとか、雪面に刺激を与えて雪崩を誘発す
るなど、雪崩対策としては辞めたほうが良いという意見があります。
しかし、雪崩対策の基本にして最も重要なことは、雪崩れる斜面に入らないことであり、雪崩が予
想される場合はその影響を受けないルートを採ることです。
雪崩対策としてフラットフッティングが基本だといわれるともっともらしく聞こえますが、本末転倒な話
です。
「水平な場所を歩く技術」と「斜面を歩く技術」は別物 詳しくはこちら(山の正しい歩き方)
歩行のメカニズム
@一本の足だけで立つ |
A他方の足を進みたい方向に置く |
Bその足に重心を移動させることで身体全体が移動する |
・水平な場所での移動は上記3つの動きが同時に進行する(平地の歩き方)
・斜面、もしくは階段など上下方への移動は3つの動きをしっかりと分けて行う(登る技術・斜面の
歩き方で求められる)
・アイゼンワーク(操作)はAで行う技術
・Bを上手く行うことができるようになると、歩きが楽になったり、クライミング能力が向上する
・@ができるようになることは、ABを実現する可能性が高くなる
いずれにせよ、アイゼンワークはアイゼンの使い方だけでなく、状況に応じた「歩き方」ができないと
役に立たない。
靴の中の重心位置
人は片足一本で立つことができるため、二足歩行が可能になっています。このため、もし歩行中に
一本の足で立つことができなければ、それ以降の動きが全て不安定になるか不可能になってしまい
ます。
登山は雪の有無にかかわらず、靴底全部を付けて歩く事を進められていますが、靴の中で実際に
足裏全体で立とうとするのは間違いです。
登山中、靴の中、足裏の重心位置は点で理解する必要があります。
例えば平地を普通に歩いた時、足を踵から着地させますが、その時の重心点は踵にあるはずで
す。そして体が前に移動して、次の足を着地するときには、踵にあった重心点は土踏まずの横を移動
して指の付け根へ、そして足が離陸するときには指先へ移動しています。
また爪先で立つときには重心点は爪先へ、踵で立つ場合は踵へ、バランスを崩しそうな時や斜面
に立つときには必要に応じて、その重心点を移動して立っているはずです。
雪山を歩く為には上述の斜面で滑らない方法のうち、ステッピングによって足場を作りながら歩くこ
とになります。
この時、重心点が何処にあるかを意識しながら行うと、その精度、効率が上がります。
また、登山中バランスを崩しそうな時も、踵、くるぶし付近にあるよりも、より爪先方向にあった方が
膝や足首の自由度が高くなる分だけ、小さな動きでバランスを取ることが可能になります。
いずれにせよ、登山の歩行中、特に雪の上を行動するときは、足裏の中で重心を点で意識するよ
うにする必要があります。
人は横方向の力に弱い
アイゼンワークを考える時、人は横方向から力を受けると弱いことも知っていないといけない考えで
す。
例えば爪先をまっすぐ前に向けてたっているとき横から押されると、体は倒れやすくなります。これ
は膝が前後にしか動かない状況になっていて、棒が倒されるのと同じ理屈で、小さな力で体が倒さ
れてしまいます。
これに対し爪先を踏ん張りたい方向に向けていると、膝を使うことができるため、より踏ん張りやす
くなります。
人が横方向から力をくわえられる状況というのは山では意外に多く、以下の状況が考えられます。
・横風を受けた時
・斜面に横向きに立った時
・斜面で横向きに足を置いた時 ・・・足首がねじれている(足をくじいている状態)
もちろん、体を内側へ倒すことで踏ん張ることもできますが、山でいつもそれができるとは限りませ
ん。そんな時は外側になる足の爪先を外へ向けておくと踏ん張りやすくなります。
効率の良い登り方
アイゼン歩行に限らず、平地の歩きと山の歩きの違いを理解していれば、より効率の良い疲れない
歩き方が可能になります。
<体のどの部分を使うか>
・膝などの小さな筋肉よりも太股や尻周りの大きな筋肉を積極的に使うことが出来れば楽になる。
<体をどのように使うか>
・足を使って体を押し上げるには、「足の上に上体を載せてから立ち上がる方法」と「上体の下に足を
置いて立ち上がる方法」を利用
・・・登山、クライミングの登りの技術は上記の二つの方法を利用している
「出した足の上に上体を載せてから立ち上がる方法」
・・・L字の動き、身体の回転(クライミングの振り)、フラットフッティングなど
「上体の下に足を置いて立ち上がる方法」
・・・変形スリーオクロック(横向きの登り)、斜面をジグザグに登る
※斜面をジグザグに登ると楽なのは、傾斜を落とすよりも、身体が斜面に対し横になり上体の下
に足を置ける効果が大きい
避けるべき「アイゼンの片効き」
アイゼンワークで可能な限り避けるべき行為のうち、アイゼンの片効きというのがあります。
これは左右のアイゼンの爪の列のうち、片方(多くは山側の爪)だけで立ったり、あるいはその列の
爪だけを効かせようとする行為です。
この様な状況では、アイゼンの爪が斜面に刺さって効いている状態であっても、その爪が乗ってい
るステップを壊す力がいつも加わっています。
左写真が「片効き」。
このままでは自分の爪でステップを壊してしまう恐れがあり、また、バランスも悪くなります。
そんな時は右の写真のように、ステップを作りながら、フラットフッティングをします。
また、片方だけの爪を利かす動きをしても空振りすることが多く、出来る限り避けるべき行為です。
仕方がなく行う場合は、アイゼンが効かなかった時や外れてしまった時のためにピッケルを積極的
に使うなど、バックアップ取りながら行動する必要があります。
片効きを避ける方法
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片効きの状態 |
対処法 |
アイゼン装着時 |
片方の爪だけで立っている
(点・線で立っている)
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削って面で立つか、山・谷両サイドでのる |
アイゼン無し
(靴の時)
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靴の角、エッジで立っている
(線で立っている)
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削ってステップ(面)をつくって立つ |
これも片効き状態
雪が柔らかいと、荷重方向が矢印の様になり、雪の斜面と並行に踏み込むことになります。
これでは自ら雪をずらしてしまい、スリップの原因になります。
これを防ぐには、推奨する順番に・・・
@雪を削ってステップを作る Aフロントポインティングを併用する Bフラットフッティングをする
※このような場合は片効きには当てはまりません
・・・フロントポインティングは前爪の面で捉えている
・・・縦爪アイゼンでのフロントポインティングは除く
・・・・実際のアイゼンワークへ続く
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