登山靴の種類
近年、登山靴はその使用場所、用途によって細分化されています。用途や使用場所を限定することで、そ
の性能を引き上げることができるようになりました。
登山靴を選ぶ際は「用途を限定してその性能を引き出す」か、あるいは「広範囲で使う代わりに高性能、
機能を捨てる」かをはっきりとさせる必要があります。
「特殊能力を持っているが使いにくい靴」と「其々の性能は高くはないがオールラウンダーで使いやすい
靴」に分かれているといっても良いかもしれません。
登山靴を使うフィールドと適した登山靴 (ただしクライミングシューズは除く)
岩場 ※ |
ソールが比較的柔らかく、フリクションの高い靴 |
アプローチシューズ |
岩壁 ※ |
ソールが比較的硬く、しかしフリクションの高い靴 |
テクニカルシューズ |
ザレ場・ガレ場等の砂礫地 |
ソールが厚いが比較的柔らかく、パターンが大きな靴 |
軽登山靴 |
登山道 |
比較的柔らかいソールを持った靴 |
軽登山靴・トレランシューズ |
草地・泥・土 |
ソールが柔らかく、パターンが大きな靴 |
軽登山靴・トレランシューズ |
※岩場と岩壁を混同すると、靴の選択を間違えます!
岩の上を歩ける場所が岩場であり、剣岳や槍ヶ岳、そのバリエーションルートの多くなど、日本の山はほと
んど岩場です。これに対し岩壁とは、手と足を使って積極的にクライミングをする場のことであり、日本のフ
ィールドで言えば、剣岳チンネ、穂高岳滝谷等の岩場を指します。
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テクニカルシューズ 特殊能力・・・高い オールラウンダー度…低い
この靴は登山靴では岩壁登攀など、困難度の高い岩登りを含むルートに適しています。
一般縦走路でも力を発揮するタイミングはあるかもしれませんが、その他多くの場面では全く力を発揮し
無いどころか、邪魔な存在になりかねない、両刃の剣です。
岩壁登攀・クライミングでの使用を考えて、いくつかの特徴があります。
登攀・クライミングでの使用を考えて、足裏の感覚をつかみやすくするために靴底が薄く、しかし硬くなって
いるのが特徴です。
小さな足場に立つために靴底を薄くすることで足裏感覚をよくし、爪先で立った時に靴がたわみ過ぎて
(※)滑り落ちてしまわないように、ソールを硬く、フリクションの良いものを使っています。
かかと部分にアイゼンを付けるための「コバ」が付けてあるモノが多く、これは岩場へのアプローチに雪渓
や氷河を歩くことを目的としています。ただし「コバ」がプラスチック製の場合、岩などで削れてしまうことがあ
るので、アイゼンを付ける山行前には確認しておく必要があります。
(※)登山靴で小さな段差に立つ場合、スメアリング気味に立つことになります。
クライミングシューズの場合はそもそも足の指が曲がった状態で履いているため、ソールのたわみが反
発につながりスメアリング・エッジング性能が高くなります。登山靴の場合は足指が伸びた状態で履くこと
が多いため、ソールが硬くないとたわみが反発につながりません。スメアリング・エッジング性能を高めるに
はある程度のソールの硬さが必要になります。
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テクニカルシューズのマイナス要因
これらのことを考えると、何にでも使えそうな気がしますが、やはり「道具」なだけあって、万能ではありま
せん。
弱点はこの靴の強みとは逆になります。
まず一番注意しなくてはならないのが、靴底の堅さです。
「岩を登る」ために靴底を硬くしているのですが、「岩場を歩く」時、つまり岩の上を歩く時にはこれが逆効
果になります。
岩の形状に合わせて足を置こうとしても、靴底が硬すぎて岩の面に合わせて足が置けないためにバラン
スを崩しやすくなります。これは、特に筋力のない方や体重の軽い方に起こりやすい状況です。
また、ザレ場やガレ場などの砂礫地で小さな石を踏んだ時、ソールが硬すぎてその凹凸を吸収できず靴
が傾いてしまいます。これによってバランスを崩しやすくなったり、バランスを取るために疲れてしまいます。
ソールのフリクションがよいということは、ゴム質が柔らかいことが多く、耐久性が高くありません。タイヤと
同様、ソールの溝が半分になったら、性能はかなり落ちていると思ってください。また、耐久性というのであ
れば、靴全体の耐久性も高くありません。やはり、どんな素材を使っても、軽量化と耐久性は完全には両立
しないのでしょう。
靴底全体が硬く薄いということはクッション性が他の靴よりも劣ります。
薄く硬いソールは、先にも書いた通り凹凸を吸収できないため、バランスを崩しやすくなります。
靴の性能を考えた場合、とくに登山靴でロッククライミングをしない限りはこの靴の必要はないでしょう。い
わゆるクラシックルート、たとえば北鎌尾根、前穂北尾根、八ッ峰やジャンダルム縦走、まして槍ヶ岳に登る
程度では、使いきれないどころか、バランスを崩したり、疲れてしまう原因になってしまう靴です。
ただし、ヨーロッパアルプスで登山を積極的に行う場合には、「使いこなさないといけない靴」でもありま
す。
「テクニカルシューズ」を選ぶ場合、それを使いこなすだけの技術を身に着けて登山に臨んでください。
<テクニカルシューズの出番>
テクニカルシューズの想定している岩場というのはヨーロッパアルプスのグレードV〜Y程度です。
ヨーロッパアルプスの岩は、岩が硬く、摂理もしっかりとしているために、傾斜が強くとも水平な段差や、しっかりとした
手掛かりがあるのが特徴です。それに対し日本の岩場は、摂理の発達していない一枚岩であったり、傾斜が緩くとも手
掛かりが乏しかったり、脆い岩であるのが特徴です。全てがこういう状況ではないのですが、概ねこんな感じです。
岩を登るヨーロッパの登山事情に対し、岩の上を歩く日本の登山事情といっても良いかもしれません。ヨーロッパの山は
硬くてもろい岩が少ないため思い切った動きで岩登りができるのに対し、日本の山を岩が脆い場所が多いため思い切っ
た動きができなかったり、岩を登るよりも岩の上を歩くことが多いと言えます。そんな日本ではテクニカルシューズは硬す
ぎです。
では日本では全く出番がないのかというと、そんなことはありません。
例えば剣岳のチンネや八ッ峰フェース、穂高岳滝谷などは、クライミングシューズで登る方が多いと思いますが、もし登
山靴で登るなら強力な武器となります(ただし、クライミングシューズで登った方が快適、簡単、安全です)。
テクニカルシューズの最も適した場所をあげろといえば、夏のグランドジョラス北壁、せめてマッターホルン(ノーマルル
ート)というのが良い答えかもしれません。
日本にマッターホルンのようなルートがあれば、テクニカルシューズというモノがもっと有効に使えるのでしょう。
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アプローチシューズの特徴 特殊能力・・・高い オールラウンダー度・・・中
文字通り、岩登りのためのアプローチに使うために登場した靴です。
運動靴の作りを頑丈にし、高フリクションのソールを使用していることが特徴です。
登山靴よりもソールが滑りにくく、しかも薄く、柔らかいため、岩に密着しやすく、岩の上に立ってもバランス
を崩しにくいのが特徴です。
アプローチシューズのデメリットとメリット
アプローチシューズはもっと登山でも使っても良い靴ですが、注意点もあります。
岩場、砂礫地、ガレ場でも使いやすいのですが、登山靴に比べてソールが薄いため、足裏が疲れやすい
ことと、足首までのサポートが無いことが難点です。
しかしその軽さ、高フリクションは強力な武器になるので、快適性を重視したインソールと併用することで、
積極的に登山に使用しても良いモデルもあります。
軽登山靴 特殊能力・・・低い オールラウンダー度・・・高い
登山用品店においてある靴のほとんどはこれでしょう。
槍ヶ岳登山や穂高縦走程度であれば、テクニカルシューズではなくオーソドックスな軽登山靴の方が疲れ
ず、歩きやすいのでお勧めです。
靴底の厚みがあり、クッション性に優れています。靴底の厚みの割には比較的柔らかいソールなので、長
く歩いても疲れにくいようにできています。
ソールの柔らかい靴は概ね薄いことが多いため、凹凸を足裏に伝えやすく疲れやすくなってしまうのです
が、良い登山靴はソールが厚いにもかかわらず柔らかいため、凹凸を感じにくく、疲れにくくなっています。
長期の縦走などで重い荷物を背負った時には、ソールは厚いが柔らかい靴が疲れにくくておススメです。
※一般的に重い荷物を背負った時やガレ場、ザレ場などの砂礫地では硬いソールが疲れにくいと言われ
ますが大間違いです。
凹凸や衝撃を吸収するために靴底を厚くすると、常識的には硬くなってしまいます。この「厚くなる事による硬さ」が独り歩
きしてしまい、「硬い靴は疲れにくい」という間違った情報になっています。
メーカーでは素材によって厚くても硬くならない工夫をしていますが、その最たるものがウレタンの使用です。経年劣化に
よって剥がれるマイナス面はありますが、「厚くてもやわらかい」という相反する性能が実現できています。
疲れない靴は「靴底は厚いのに柔らかい靴」です。
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トレランシューズ 特殊能力・・・高い オールラウンダー度・・・低い
トレランシューズを山で使う人増えています。
しかしこの靴は上述のテクニカルユーズと同様、使用場所が限られた特殊な道具であることを知っておく
必要があります。
トレイルランニングのフィールドの多くは砂礫地や土、草地など、岩場でない場所です。
ソールは少なくとも岩場ではアプローチシューズ、登山靴に比べて格段に性能が劣ります。これは使用す
るフィールドの違いがあるので仕方がないことでしょう。しかし、草地、土の上では圧倒的なを発揮します。
岩場の出てくる登山では出来る限り使うべき靴ではありません。
軽さを狙うなら、「走る」という目的がない場合、アプローチシューズを使った方が快適で安全です。
夏山と冬山の兼用について
登山で使用する靴は、これが「道具」である限り、万能なモノは決してありません。
何を重視し、何を妥協するか。よく考えて選ぶ必要があります。
そういった意味では夏山、冬山兼用で使うことはあまりお勧めしません。
冬山ではソールの減りは、靴の性能を夏山以上に大きく低下させます。ですから、夏山でソールが減るこ
とが解っているのに兼用することは、好ましいことではありません。
もともとの靴の性能も、どっちつかずで、良い道具にはならないでしょう。
しかし、そうは言っても選ぶ場合の注意点をあげるとすれば、少なくともメーカーが4シーズン目的に作って
いるモノを選び、アイゼン用のコバが前後についているモノがよいでしょう。コバはゴム製の方が良く、テクニ
カルシューズであるようなプラスチック製のモノは夏の間に削れてしまって、使えなくなることがあります。ヒ
モ締めのアイゼンを使用するとしてもこれらのことは、冬にも「かろうじて」使えることの証だと思ってくださ
い。
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